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仮説の冒険 吉田 司

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反原発デモ仕掛け人との再会

久しぶりに高円寺の松本哉(はじめ)に会った。阿佐ヶ谷のロフトで日蓮仏教研究グループ誌『福神』のトークショーがあり、そこで今度の大震災論を語れとかナントカ……。会場オープンまで2時間ほど待ち時間があったので、高円寺の商店街をぶらぶらしてみたのだ。ふと、彼奴(あいつ)、ど~してるかなと思い出して、松本哉のやってる「貧乏人の店」リサイクルショップをたずねてみた。たら、いた! 松本が。普通今の時間帯ならたいてい不在だったのだが。2年前の頃は。今日の松本は店の奥のデスクでひとりノートパソコン相手ににらめっこしていた。

「やあ、元気そうじゃないか」
「誰でしたか???」
「吉田司だよ」
「ああっ~。髪型変えたんじゃないですか」

おいおい、チョット待てよ。なんだよ突然「高円寺の松本」って。誰なんだよ、それ……??ってか。それもそうだよね(笑)。松本ってのはね、リーマンショック以後の大不況期で若者世代の非正規雇用=派遣切りの嵐が吹きまくっていた頃に高円寺を中心に暴れまわった男。

「確かに……しぶしぶ食っていくだけなら何とかなる。でも、みんながそんなしぶしぶ働いて食いつないでいるような一億総『蟹工船』みたいな状態なんか真っ平ごめんだ」
「日本には『一揆』という素晴らしい伝統がある。……もう我慢ならん! 一揆だ、一揆だ!」
「貧乏人、大バカ者、役立たず、フリーター、ニート。いっぱいいます。そういう連中の底力見せつけてやろうじゃないかぁ!」

などと叫んで、若者の路上反乱=貧乏人一揆のお騒がせ・サウンドデモを繰り返していた東京杉並区のリサイクルショップ「素人の乱」の店主(当時35歳)である。「素人の乱」は、菅直人政権入りしてしまったあの「年越し派遣村」の村長・湯浅誠らの対極に位置するアナーキスティックな反権力ムーブメントで、ギリシャやフランス、ドイツで流行っているヨーロッパの若者の祝祭型(ディオニソス的)叛乱の姿に近い。彼と私は2年前、雑誌『アエラ』の「現代の肖像」(2009.4.20)の取材で出会ったのだ。

さてその「松本哉」がなぜ、突然ここに登場するのかと言うとね、この頃ようやく東京でも「反原発」の市民デモが連発するようになったが、その中で1万、2万というかなりの数を動員したサウンドデモが出現して、それを主導したのが「素人の乱」。彼奴まだやってたのか……というわけなのである。でね、わたしはこう切り出した。

「渋谷の反原発デモ1万人。結構盛り上がったじゃない。でも、あれは流行りだから(笑)。一時的なもの。そのあと、どーする?」

「そうなんですよ。だから今もいろいろ考えてたんです、パソコン見ながら」

「避難所一揆なんてのは、どーよ(笑)。東北から被災者・避難所住民の“怒りのデモ隊”が東京向かって攻め上る。マヌケな国会を包囲するって構図」

「あっ、それ、面白い。やりたいですね」

「いまの日本人、みんな頭おかしいんだよ。ボランティアも義援金もジャーナリズムも。ヒト・モノ・カネが全部〈東北へ、東北へ〉って、草木もなびくように福島や宮城、岩手に吸い寄せられていってる。東北を語らず、東北に涙しない人間は日本人じゃないみたいに。だけど、東北ってそんな生易しいところじゃないんだよ。あそこは歴史的にもある種の“魔の地帯”でね、右も左もわからぬ“にわかボランティア”が下手にはまりこむと、支援するどころか逆に自分のエネルギーが吸い取られてゆく。別に震災・放射能がなくても、もともと闇深き国なんだ。俺は東北・山形生まれだから、その怖さをよく知っている」

「被災地に一回行ったけど。何をどうすればいいか、見えないですよね」

「ベクトルを逆にするんだよ。〈東北へ〉ではなく、《東北から東京へ》と闘いのベクトルを変えるんだよ。復旧・復興がなぜこんなに遅れているのか。義援金は集めるだけ集めてなぜ直接被災者の手に届かないのか。東電はなぜ嘘ばかり言い続けて居直っているのか----日本人が“怒る”ことを忘れたからだよ。ブチ切れて国会取り囲むこと忘れたからだよ。東北からの“避難所一揆”で、それひっくり返したいね。あの無能な国会と東電への“被災民の直接行動”こそが実は復興速度をアップさせる最も手っ取り早い方法なんだよ。

「いま〈団塊世代〉が立ち上がってくれないかと本気で思っているんですよ。ヒマも金もデモの経験もある団塊が、この期に及んでもなぜデモに合流しないのか」

「いまあなたがそれを言うか。『団塊とワーキングプアは連帯(合流)せよ』ってのは、2年前のわたしのスローガンだった(笑)」

それから20分ほど私たちは語り合って別れた。いまここにその中身を書くことはできないか、松本はひとつの秘策を持っていた。今度は私のほうがこう言った。「あっ、それ面白い。やりたいね」・実現できるかどうか、知恵を出し合うことを約して別れた。高円寺商店街通りのピンクサロンの看板眺めながらの帰り道、毛利嘉孝(東京芸術大学准教授)が2年前の取材の時に語った言葉を思い出した。

「松本君たちの動きは、ここ10年の東京で一番可能性がある動きだとわたしは思う」

そんな毛利の言葉は、あの時はまったく信じちゃいなかったんだけどな……と、わたしは心の中でチョット苦笑いした。
(つづく)
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  1. 2011/06/22(水) 00:10:03|
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