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仮説の冒険 吉田 司

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14 憲法25条の精神はどこへ

 ともあれ福祉権運動は、アメリカの公的扶助・社会福祉政策において、はじめて生存権要求を掲げる画期的な運動だったわけだが、よく考えてみればわれら日本人は戦後の平和憲法25条でとっくにその「生存権」を保持しているのだ。
◎憲法25条[生存権]①すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。②国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上に努めなければならない。
 にもかかわらず、この体たらく=民法奴隷の介護地獄で一人ひとりバラバラに孤立し、血の涙を流しているんだ!
 まったくサイテーのお話で、日本人の「人間らしさ」を取り戻す運動レベルはいまなお60年代アメリカの水準にも達していないことにわれわれは赤面すべきであろう。これまでずっと引用させてもらっている『社会保障の歴史』は1977年に初版が刊行された古い本であるが、この本も“日本人よ、もっとしっかりしろ!”と、こう指摘しているぜ。
「一九六〇年代のアメリカ合衆国における公的扶助・社会福祉政策の前述のようなドラスティックな変動をみるとき、日本の公的扶助・社会福祉政策が、アメリカ合衆国以上に強固な枠の中からなかなか抜けだせないでいることをあらためて教えられる。たとえば、わが国では生活保護受給率は近年一%余りの水準にあるが、アメリカ合衆国では、厳しい扶助引締め策がとられたにもかかわらず六九年に五%の大台を超えているのである。わが国がアメリカ合衆国より数倍も豊かな国であるならいざ知らず、この事実はわが国の生活保護行政がアメリカ合衆国にもまして厳しい扶助引締め策をとっていることを窺わせるのに十分である」
 そう、民法887条「直系血族および兄弟姉妹相互」という家族単位での老親扶養義務の強制と戦おうとする日本人は、AFDC(児童扶養家庭に対する公的扶助)受給者が「③家族単位原則の撤廃」を掲げて福祉権運動を拡大させたことに注目すべきだろう。柳田国男の「家」族論で見たように、親子関係(血縁の絆)が絶対視されることは世界一「家族愛」が大好きなあのアメリカにおいてすらないということに気づかねばならない。

ブースの道が消えた

 さて、ここまで英米における公的救済(ブースの道)の歴史を駆け足でたどってきたが、参考になったろうか。世界史はここからガラリと激変する。1980年代の英国サッチャリズムは「個人の自由と競争への信仰」→「福祉国家も役割の限定と転機」を掲げ、新自由主義改革に乗り出し、これに米国レーガノミックスの新保守主義が合流したからである。「福祉国家見直し」(マルサスの道)が、世界史を覆った。2000年代日本の小泉新自由主義改革もその延長線上にあり、すべてマルサスの道だ――ただもう、これらについては読者がすでに身をもって体験している《福祉の冬》の物語であるので、詳しくは述べない。ただひとつ、では現在の野田民主党政権はブースかマルサスは。どっちの道を行くのだろう。
 そこでちょっと思い出してくれ。あのお笑い芸人の母親の生活保護問題がスキャンダラスに報道されたあとに、小宮山洋子厚労相がとった態度を。当時の新聞報道には「厚労相、扶養義務徹底の方針」とある。
「扶養義務は必ずしも強制的なものではない。厚生労働省は、夫婦や未成熟の子の親は強い扶養義務を負うが、それ以外の親族は余力があれば援助する程度でよい、としてきた。生活保護の開始に際し、自治体が親族に扶養できるかどうかを尋ねる調査も強制力はなかった。
 だが、今回の報道を受け、小宮山洋子厚労相は5月25日、親族に扶養能力十分あるとみられるケースについては、扶養義務を果たさせるよう、自治体に徹底させる方針を表明、「扶養は困難」と答えた親族には説明責任を課すよう、生活保護法の改正を検討する考えも明らかにした」
 あるいは「生活保護額の基準引き下げ」(要するに減額)を示唆したという――これは間違いなく「マルサスの道」のほうだ。野党第一党の自民党はそれを上回ってマルサスの道へ先祖返りしようとしている。7月15日付朝日新聞はそのことをこう伝えている。
「『生活保護をもらえなきゃ損というゲーム感覚だ』『働かざる者食うべからず運動をしないといけない』
 今年3月、参院議員の世耕弘成(49)を座長に自民党にできた、生活保護に関するプロジェクトチーム。一部の受給者をやり玉に挙げる声が噴出した。
 議論は5月に党が発表した次期衆院選の政権公約案に反映された。社会保障政策は『自助を基本』とし、給付水準の1割減や医療扶助の適正化など『生活保護の見直し』を目玉にする。
 議員らがよりどころにするのは、元幹事長の伊吹文明(74)が座長の政権構想会議を中心に、2010年1月に改定された党綱領だ。
 ……総選挙では民主党から小泉構造改革による格差拡大などを厳しく批判されて大敗したが、……新綱領では、日本人について『勤勉を美徳とし、他人に頼らず自立を誇りとする国民』と規定。『自助自立する個人を尊重し、共助・公助する仕組みを充実する』と掲げている。
『自助自立』は『小さな政府』を志向する新自由主義だけでなく、財政再建派の理念とも共通する。伊吹は当時、民主党の看板施策の子ども手当や農家への戸 別所得補償を『ばらまき』と批判。『国民生活に政府が関与する政策を恒常的にやると、人間は弱いから、自立と自助の心根がなくなる』と指摘した。 ……総裁の谷垣禎一(67)は3月、公約案の骨格とした『谷垣ドクトリン』で、新綱領にはない『自己責任原則』という言葉も使った」
 これに対し、反発する報道もある。
「二百九万人を超えた受給者は、自助努力だけで解決せず生活に困った人たちである。(中略)受給者は、非正規雇用が広がり失業後の就職も難しく、老後も不十分な年金しか得られない低収入者が増えていることが要因だ。社会保障全体の命綱を太くする必要がある」(東京新聞社説、6月13日)
 こちらはもちろん「ブースの道」だ。
「老親扶養義務の強化・徹底」こそ時代遅れのアナクロニズムだという声もあり、その中で生活保護問題対策全国会議が出した声明文ってのが面白い。
「声明文は先進諸国との比較を通して、『老親を扶養すること』まで定める日本の扶養義務範囲の“広さ”を訴えた。厚生労働省の資料をもとに、英国やス ウェーデンなどでは原則、親が子(未成年)を扶養する義務や配偶者間の扶養義務はあるが、成人した子の老親に対する扶養義務はない、としている。
 同会議の代表幹事である尾藤広喜弁護士は、『家族による私的扶養から、社会による公的扶助へ。それが先進諸国での近代化の流れだ』と語る。『日本の制度 もその方向へ向かってきた。老親扶養の義務が民法に書かれているのは、戦後の改正時にイエ制度から完全に脱却しきれなかった結果だ』」(朝日新聞、6月13日)
 では、これからどうなるか。どうするか――朝日新聞の報道はこう続く。
「2012年現在の家族の状況をどう見ればいいか。社会福祉学が専門の岩田正美日本女子大教授は、『小家族化」への注目を促す。『兄弟が減り、子のいない夫婦も増えた。子どもが家族を扶養できる時代ではなくなってきている』
 家業を子が継承することが珍しくなかった時代には、家産を継承する者が老親を扶養することが自然だと見られるような『実態』があった。だが、雇用されて働く人の割合が増え、その実態も変わりつつある、と岩田教授は言う。
 自民党は『社会保障に関する基本的考え方』」の中で、『家族による「自助」』を大事にする方向を打ち出した。『貧困に社会で対応すべきか、個人で対応させるべきか、その哲学がいま問われている』と、尾藤弁護士は訴えている」

哲学を問う場合か!

「哲学が問われている」なんて呑気な父さんこいている場合じゃないの。すべての根拠である民法887条=その〈民法奴隷〉からの解放戦争でも始まらなきゃ生活保護や介護地獄の問題解決はあり得ないだろう。
 だから見ろ。またぞろ厚労省が仕組んだ特養ホーム増築のネグレクト・サボタージュ→自宅介護(私的扶養)の強制がつくり出した矛盾『デイサービス宿泊者の増大。死亡事故10件』がこんな風に大きく噴火したじゃないか。
「お年寄りが日帰りで入浴や食事などのデイサービスを受ける通所介護施設で、宿泊利用が広がっている。背景には特別養護老人ホームの不足がある。通所施設に 泊まることを『宿泊デイ』と呼ぶ言葉も生まれているが、介護保険の適用外のサービスで、法律上の明確な規定もなく、行政の指導は届かない。(中略)
特別養護老人ホームの待機者は多く、行き場を失った高齢者の需要はある。
東京都内に住む保育士の女性(47)は2010年1月、認知症の父(当時77)の面倒を見ていた母が緊急入院。特養ホームを探したが空きは見つからず、ケアマネジャーから『宿泊デイ』を紹介された。
2カ月後、父は施設で容体が急変して救急搬送され、5月に亡くなった。搬送時、左足のすねに骨まで見える大きな傷があったため、施設側に問いただすと、『施設長と担当職員が退職して状況が分からない』と納得のいく説明はなかった。女性は『自分で引き取って介護すべきだった』と悔やむ。
朝日新聞が全国20の政令指定都市と東京23区に『宿泊デイ』の実態を尋ねたところ、宿泊時間帯の事故で少なくとも10人が死亡していた。
東京23区が10、11年度に把握した宿泊サービス中の夜間・早朝の事故は65件あり、7人が亡くなっていた。全国20の政令指定都市では、8市で計30件確認され、死亡者は3人。原因は、転倒や薬の誤処方、食べ物をのどに詰まらせるなどのケースだった。(中略)
夜間の職員配置の基準(特養なら利用者25人以下に職員1人)もない。川崎市では、昨年1月に女性(87)が朝食をのどに詰まらせて死亡。今年2月にも女 性(72)が吐いた物をのどに詰まらせて亡くなった。市の担当者は『事故当時、職員が何人いたかも報告書に書いていないので分からない』。有料で宿泊させるには旅館業の許可が必要だが、市は『実費程度の低料金で、業とは言えない』と、許可をとるよう指導はしていない。
通所介護施設での宿泊サービスについて、厚生労働省は10年から、介護する人が病気になった場合など緊急時の受け皿として、介護保険を適用する検討を始めている。だが、安全面やプライバシー確保などの課題があり、実現には時間がかかるという。
現状の『宿泊デイ』について同省老健局振興課の川又竹男課長は『業者に配慮しつつやってもらうしかない』と話している」(朝日新聞、7月4日)
例えば群馬県内のある有料老人ホームの場合は、東京からの入居者は7人。うち6人は生活保護者で、20人ほどの定員はずっと満床が続いていると、朝日新聞は報じている。

「今は一日も早く死にたいだけ」。区の依頼で入居した女性(93)は涙ながらに語った。2人の兄を若くして亡くし、二つ年下の弟は音信不通。身寄り はない。長年暮らした東京では、役所の掃除で生計を立てていた。持病のぜんそくが悪化し、区のケースワーカーを通じて群馬に来た。生活保護が頼みの綱だ。
 群馬には縁もゆかりもなく、初めての土地だった。「誰も知り合いがいない。こわかった」 (中略)
この施設によると、生活保護受給者を受け入れても収支はマイナス。他の介護事業の収入などで何とか経営を続けているが、この区以外の依頼は断っている。「東京では生活できない人ばかり。心苦しいが、これ以上、手を広げると共倒れになる」
 1部屋13平方メートル以上という有料老人ホームの基準を満たさない部屋もある。だが、改築する資金はない。
 住み慣れた区内の特別養護老人ホームが空くのを2年前から待ち続けている入居者もいる。「ほとんどは集団就職などで上京し、身寄りも帰る場所もない人。これからも増え続けるだろう」。施設で働く男性は語った。(朝日新聞 2013年1月6日)
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  1. 2013/04/17(水) 00:59:39|
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