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仮説の冒険 吉田 司

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10 公的救済は怠け者を増やすだけ論

歴史的にふりかえれば、「正直者が馬鹿を見る」という貧民の公的救済反対論というのはもう何百年も前から言われ続けてきた。今始まった話ではない。その代表例があの『人口論』のマルサスだ。ヨーロッパ近代のイギリス産業革命とフランス革命(共和制)という「二重の革命」が進行する中で、1817年イギリスの救済税は「救貧法」(国家による救済)史上最高の787万ポンドに達した。課税される地主、産業ブルジョアジーら支配階級の不満は増大。その代弁者としてマルサスはこう主張した……のである。
「イギリスの救貧法は、人口を支えるだけの食料を生産しないで人口を増加させてきた。貧民への扶助は、勤勉で大切な人々の分け前を少なくさせ、独立できない人を増加させるという欠陥をもっている。……(下層階級の)貧困は、マッタク個人的な怠惰・不注意によって引き起こされたもので、公的な救済は、貧民の怠惰を助長し、自助独立の気概を失わせる。有害無益なもの」(『社会福祉の歴史』、1977年初版)
 そもそも、なぜ国家は下層貧民を救済するのか? キリスト教的慈善か女王陛下の恩恵か。ちがう。1601年制定のエリザベス一世「救貧法」によれば、それはロンドンなど大都会に群れる乞食・浮浪者の禁止・処罰→労働能力者への就業の強制・貧窮児童への徒弟の強制・労働無能者(病人・老人)への分配(救済)から始まったのである。つまり泥棒と食料暴動を予防するための貧民窟(スラム)対策としてスタートしたのだ。
 なぜそんなに乞食ルンペンが多かったのかというと、15~16世紀の羊毛・毛織物工業による「囲い込み」運動によって農民は土地を奪われ、中世農村経済は崩壊。大量の農民が物乞いの放浪生活に陥り、そのままドブネズミのようにロンドンなどのスラム街に流れ込んだからなのだ。
 すなわち下層貧民とは「個人的な怠惰」(マルサス)から生まれたのではなく、台頭する近代産業ブルジョアジー(エリザベス重商主義)が意図的に作り出したものだった=これが国家が救貧(公的な救済)せねばならない本当の“隠された理由”なのである。
 そしてこうした貧民に対する国家的責任は1903年、「科学的貧困調査の創始者」と呼ばれるチャールズ・ブースが書いた報告書『ロンドン民衆の生活と労働』の中にはっきりと明記された。どのような内容か? 前出の『社会保障の歴史』は次のように解説している。
「チャールズ・ブース▼彼は、一八八六年から一九〇二年にかけて三回にわたる調査を近代的大都市ロンドンにおいておこない、労働者階級を中核とする貧困の実態・原因を明らかにした。その報告書『ロンドン民衆の生活と労働』(Life and Labor of the People in London,17 Vols.,1902-03)は、(1)全人口の三〇・七%(約一三八万人)が「貧困線」(the line of poverty 週賃金二一シリング)以下の生活を送っていること、(2)貧困は飲酒・浪費などの「習慣の問題」(question of habit)ではなく、不規則的労働・低賃金といった「雇用の問題」(question of employment)および疾患・多子といった「環境の問題」(question of circumstance)に起因し。特に前者が大きな原因であること、(3)貧困と密住は相関すること、(4)宗教活動による対応は貴重なエネルギーの消耗であり効果を期待できないこと、などの諸点を明らかにしている。
また、付帯調査として救貧法による救済理由に関する調査を実施し、救済理由として老齢と疾病が最大の理由であるということを明らかにした。一方、彼は全国的規模の老齢貧困者の数量的把握を試み、年金計画を幾度となく提案し、一九〇八年の無拠出老齢年金制度の創設に大きな影響を及ぼした。
▼十九世紀末葉におけるこのような「科学的貧困調査」は。資本主義社会に特有な貧困という社会現象を初めて社会的レベルにおいて実証し、貧困が前社会的問題であって、何らかの国家による対応策が必要であるという認識を強める(中略)確固たる基礎を提供したのである。こうして、「個人主義的貧困観」から「近代主義的貧困観」への転換の橋頭堡が構築され、(中略)一連の社会改良的政策が展開されたのである」
 1908年の無拠出老齢年金制度というのは、20年以上在住する70歳以上のすべてのイギリス人に対し、「資力調査」を条件にして、年金を権利として支給する(年金額は、年間所得21ポンド以下の者については週5シリング)というもので、「権利としての年金支給は、(救貧法のもつ)慈恵性からの脱却の第一歩」であり、現代の公的救済(生活扶助)のカタチ=その源流はここらあたりから発していると考えてよい。
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  1. 2013/04/02(火) 23:06:09|
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