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仮説の冒険 吉田 司

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東北の怨念が始めた戦争

大正6年(1917)、岩手出身の政友会総裁・原敬は祭主となって南部藩戊辰戦争(奥羽越列藩同盟)殉難者五十年祭を執り行ったが、彼が読み上げたその時の祭文がそれを証する。

「顧みるに昔日もまた今日のごとく国民誰か朝廷に弓引くものあらんや。戊辰戦役は政見の異同のみ、当時、勝てば官軍。負くれば賊軍との俗謡あり。その真相を語るものなり。今や国民聖明の沢に浴し、この事実、天下に明かなり。諸子もって瞑すべし。……即ち赤誠を披歴して、諸子の霊に告ぐ。
大正六年九月八日  旧藩の一人 原敬」

この原敬は薩長藩閥政治に真っ向から立ち向かい、一年後の大正7年、東北・越後(新潟)初の総理大臣に就任。奥羽越同盟の中心メンバー・楢山佐渡(南部藩家老)の怨みを晴らしたと言われている。「賊軍」南部岩手の汚名をそそぎ「国民聖明の沢に浴」する(ひとつになる)ことが原敬の生涯のテーマだったのである。

こうした近代東北の怨念と夢については、すでに拙著『王道楽土の戦争』(NHKブックス 2005年)のなかで展開したので詳しくはそちらを見てもらいたい。

王道


ここに簡単に点描すれば、賊軍東北は、絶対天皇制の内部に入り、その直属機関たる帝国陸海軍のエリートとなり高い忠誠心を証明することによって薩長軍閥の力を削ぐ……という反逆の夢に賭けたのである。奥羽越列藩同盟のラストサムライたちの怨念を背負って、帝国軍隊内に「下剋上」を作り出す夢だった。その結果、岩手県は日本有数の軍事大国にのし上がった。
例えば……。

▼東条英機大将の父・秀教中将=盛岡藩出身
▼満州事変の黒幕・板垣征四郎陸軍大将=岩手町
▼日米戦争の終戦工作に動いた米内光政海軍大将=盛岡市
▼ハワイ「真珠湾」奇襲の日米開戦に踏み切った海軍大臣の及川古志郎は新潟・越後の古志郡生まれ、盛岡育ち。
▼さらにそのハワイ・パールハーバー攻撃を成功させた海軍の雄・山本五十六提督もまた越後の長岡市出身なのだ。

つまり、日中・日米戦争・アジア侵略戦争の三つの戦争を始めたのも、終わらせたのもみな奥羽越列藩同盟の血脈=怨念の系譜が深くかかわっているのである。

ああ、そうだ。もう一人、最も重要な怪物がいた。この怪物軍人なしに奥羽越の反逆の夢は始まらなかった。

有機交流ケータイ化した私の脳髄のモニターに現れた幽霊画像の、あの帝国軍人だ。
(つづく)
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  1. 2011/06/15(水) 00:31:42|
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