FC2ブログ

仮説の冒険 吉田 司

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

4-2 親を捨てるなんて、人間じゃない

 ここまできてやっとあの『真夏の夜の夢』=〈脱地獄〉団の姥捨山の戦いの意味がわかってくる。あのハンドマイクの中年おっさんの涙の声の意味が解けてくる。あれはね、古い昔の伝説にある姥捨山ではなく、厚労省の前にわがアルツハイマー症の老母を捨てにゆく。老親介護に疲れ果て自殺寸前の日本中の子どもたちが、みんな捨てにゆく。そうしてあの霞ヶ関の官庁街を寺山修司の「老母買ふ町」に変えてしまおう。厚労省の前に姥捨山「介護テント村」をつくり、老人占拠(オキュパイ)の輪をつくり、逆に国家・政府の側に「老親介護の義務」(公的救済=特養ホームの全面化)を負わせるという、脱「介護地獄」ムーブメントの人々だったのですね。

 親を捨てるだって! そんなこと夢だって許されないと非難轟々かもしれませんね。でもね、現実はそんな姥捨の夢よりもっと非道いんですよ。

例えば(3)のわたしのレアケースの場合を考えてみてください。たとえ仮に(夢で脱地獄団が要求しているように)日本中に特養ホーム(月額6万円)が40万カ所増設されたとしても、わたしはそのホームのお金を払うことができないビンボーですから、ぜんぜん救われないのです。母親の老齢年金? たった2万円です。

そしてわたし自身の収入は生活保護以下。女房の収入? それはギリギリふつうの低サラリーマン並の賃金はあります。しかしもう女房も来年は定年。わたしたちが夫婦でワン・ユニットとして生き続けるための収入賃金として必要なものです。それはわたしたち2人の生存賃金であって、母のために使う余力のあるお金ではない。なら、まさしく前出の『当事者の声』の言うように、「大切なのは,誰も犠牲にすることなく,個人が個人の責任のもとに一生を終えることができる社会を作る」ことがいま必要なのです。

 わたしもその『当事者の声』の人のあとに続きたい。そしてこう声を交わしたい。
「一体全体、年老いた親が子どもを食う(犠牲にして生きる)というそんな非人道的な行為をやめさせるために国家に公的救済の拡充を要求してムーブすることが、どうしてそんなに『人間のモラルに反する』と非難されるのでしょうね?」と。

「個人の自立(親と子の2つの生存賃金)を確保するために、在宅介護優先を止めさせるために、アルツハイマー症の親にも子どもと共に戦ってもらわなきゃねぇ。育てたから恩を返せ……なんて、金のないビンボーな娘・息子に強要する親なんて実際には存在しないですよ。親は子に負担をかけたくない……それが親心ですよね。当事者の声さん」と。

 前出の和田秀樹の指摘を続けて書いておくね。
○「マスコミは介護問題をあまり扱わない。……(2000年の)介護保険制度によって解決がついたかのような錯覚がいまだにまかり通っている」
○「国民からは、『もう個人での在宅介護は限界だ。公の施設で看てもらいたい』という声が上がりにくい。なぜならこの国では、『子どもが老親の世話をするのは当然だ。それこそが日本の美風だ』という根拠のない説が、なかば伝説化してまかり通っているからである。『これまでさんざん世話になった親を、自分で看る気がないのか?』と言われれば、返す言葉がなくなってしまう。……そのために泣き寝入りしている人は非常に多い。そして結局、自分で自分の首を絞めることになってしまう。
『在宅介護地獄』の現実を無視する行政の姿勢はもちろん問題だが、『親を在宅で介護するのは当たり前』というおかしな道徳観念によって、『地獄』の真っ只中で苦しんでいる人々が不満の声すら上げない。こちらのほうが、より重大かつ深刻な問題だと、私は思っている」
○「歴史的な流れを整理してみると、家族が切羽詰まった状況で在宅介護するほかなくなったのは、ここ10年か15年のこと(筆者注・小泉新自由主義改革以降)であるのが、はっきりとわかる。『親を在宅で介護するのは当たり前』というのは、根拠のないまったくの“迷信”であり。日本国民はそれを信じこまされ、親に施設介護を受けさせている人たちの多くは、深い罪悪感にさいなまれてきた。
 内閣府の『高齢者白書』2008年版には、日本が『世界のどの国も経験したことのない高齢者社会』に突入したと書かれている。われわれ日本人はいま、地球上の誰も体験したことのない『在宅介護地獄』の只中にいるのだ」

 ただし、和田秀樹の言っている「親を在宅で介護するのは当たり前」というおかしな国民道徳は、国家のマインドコントロールからだけ生じたのではあるまい。〈年老いた親を扶養するのは子供の義務〉という法律的な強制が、その神話を支え続けているからであろう。
スポンサーサイト
  1. 2013/02/21(木) 23:38:08|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<4-3 敵は民法887条 | ホーム | 4-1 老人介護の世界史>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://tsukasa45.blog.fc2.com/tb.php/37-2352e02b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。