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仮説の冒険 吉田 司

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2 真夏の夜の夢

 第一回のレポートは、67歳のわたし自身が苦悩している、脱原発「放射能」より切迫感のある《老親介護》の問題。故郷山形に94歳の認知症50%の老母が健在だ。このレポートは実は2012年にはほぼ出来上がっていたのだが、わたしが昨年冬に心臓のバイパス手術を受け、入退院を繰り返したため完結できなかった。今回の安倍自民党政権の成立を受けて書き足してレポートしたものだ。

 書き足したといってもね、「厚生労働省は、認知症高齢者が305万人いる、という推計を明らかにした。65歳位上の10人に1人という『認知症300万人時代』が来た」(朝日新聞2013年1月1日)と言った問題。あるいは「アベ『格差社会』で若者と老人は路頭に迷う」(『週刊現代』2013年1月19日号)といった問題。

 すなわち、
 自民党が進めようとしている、生活保護制度の見直し。昨年には不正受給問題がクローズアップされたが、生活保護を受けている130万世帯のうち、約4割が高齢者世帯である。年金も受け取れず、働くこともできない高齢者が、生活保護で何とか命をつないでいるのも厳然たる事実だ。

 そして、

 小泉路線の再来にすぎないアベノミクスでは、金持ちと貧乏人の格差はさらに広がり、庶民の暮らしが上向くことはない。

 といった問題についての一言半句、貧しい考察を付け加えただけさ。それ以外は大半が2012年思考の様式となっている――そこんところをヨロシク!!

                     *

 この夏、ものすっごく変な夢を見た。あの熱中症の猛暑の夜の連続に頭がイカれたのか、それとも国会前10万人を超えると言われる花金の「脱原発」デモ(あじさい革命)のニュースばっかしインプットされたおかげか? とにかく『真夏の夜の夢』でシェークスピア原作かというと、そうじゃない。どーもあのマザコン地獄の劇作家だった寺山修司の原作……らしいのだ。

「サイカドー・ハンタイ」「サイカドー・ハンタイ」以外のスローガンを上げてはなりませ~んと、デモ指導員の腕章した普通の市民が警察機動隊の指揮車の上に乗りハンドマイクで怒鳴っている。いわば“官民一体”の協力体制で「原発再稼働反対!」のワン・イシュー、ワンフレーズ運動を守りましょう……とやっている。怒涛のように「サイカドー・ハンタイ」の声が上がる。デモ・キャンドルの無数の灯と警備のサーチライトの光で国会前の夜の闇は千々に切り裂かれ、空撮のヘリが飛び、騒然たる情景だ。でね……

 そのワン・イシューのはずのデモの一角に《脱地獄》の大きな幟を立て、サイカドーとはまったく関係のない御詠歌みたいな音楽を流し、「親を捨てよ。町に出よう」と叫んでいる若者、中年の主婦や老人たちの一団がいた。ワン・イシュー運動の指導員ともめている。「止めてください」「いいじゃないか。ここは姥捨山だろう? 市民の解放区なんだろう?? 私たちは疲れ果て、カネも矢弾も使い果たし、もう行く場所がないんだ。認知症の年老いた親たちを棄てにきたんだ。市民の解放区でも国家権力のお城でもどっちだっていい。この老老介護、老親介護の地獄から我々を救ってくれ。姥捨てしなければ、もう親の首絞めて夫婦自殺するとか、もう他に道がないんだ。助けてくれ、放射能汚染の地獄にいる友よ!」なあ~んてやっている。

 そういえば彼ら《脱地獄》団の後ろの暗がりには車椅子に乗ったアルツハイマーなど認知症の年老いた母や父の、葬列のように押し黙った高齢者の群れがずらーっと何十、何百と続いている。手に手にビラを持ち、こう書いてある。

「姥捨山の戦い……わたしたち後期高齢者の親も、息子、娘たちと一緒に戦います。厚労省は特別養護老人ホームを40万カ所ただちに完備せよ! さもないと、わたしたちはここに座り込んで、ここで人生を終えます」

 おいおい、これは一体なんだ。首相官邸前のデモ広場を姥捨の解放区と勘違いしている。馬鹿じゃねえかムニャムニャと夢見ていたが、どーもそれほど馬鹿ではないようで、車椅子老人集団の前で中年サラリーマンのおっさんみたいな人がリーダーなのか、ハンドマイクで語り始めた。それやっちゃいけません。ここはサイカドーのハンタイ一色だけです。老人介護問題なんかやめてください。他行ってやってください。また大モメしてる……。

「寺山修司って青森生まれの詩人は1970年代、『書を捨てよ。町へ出よう』と訴えましたよね。『家出のすすめ』とか。でもいまは電子本の世の中で書物は捨てるほどの重さ・価値もなくなりました。いまわたしたちが捨てたい最も重いものは《老親の介護義務》というものです。姥捨山の戦いとは、その義務の廃止と公的な社会保障の拡大を要求するものなのです」

 寺山修司が『田園に死す』の時代に始めた〈姥捨て遊び〉の歌は、いまやしっかり21世紀の老人問題につながっちゃってんですねぇとハンドマイクの中年サラリーマンは嘆いた。

「一年たてど 母死なず 二年たてども 母死なぬ 三年たてども 母死なず 四年たてども…… 五年たてども…… 六年たてども 母死なぬ」という、どこまで続く泥濘ぞのような《老親介護》の苦痛の日々。
または、
「仏町 電話をひけば 一五六四(ひとごろし) 隣りへゆけば 八八五六四(ははごろし)……家を出るとも憑きまとう 数の地獄は 逃れ得ぬ! いづこへ行くも みな四五九(じごく)」という、親殺しの夢ばかり見る《老老介護》の苦悩の物語。
と、叫んで男は泣いた。寺山の短歌をひとつ歌いながら。

「大工町寺町米町仏町 老母買ふ町あらずや つばめよ」

 うわーっと、そこで目が覚めた。身体中汗びっしょり。熱中症、熱中症。わたしは急いで枕元に置いていた大きなビール・コップの水に手を伸ばした。寝床のスタンドもつけずコップをこぼして、またうわーっと、枕元を水浸しにしてしまった。それにしても変な夢。「脱地獄」団なんて一体そんなもの、この世に存在するのかね???
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  1. 2013/02/13(水) 23:08:06|
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