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仮説の冒険 吉田 司

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3.11以後を見る第3の目 その4

コンピュータだらけになった世界に何が起きたのか? 何億台ものコンピュータが自発的に〈連結〉しはじめた。ネットワーク化。そう、90年代前半から《インターネット》が登場してきたのである。そこでコンピュータの市民的自由の時代は終わった。個々人のPCはインターネットの数億、数十億の《端末機》(情報発信、受信装置)に変化し、世界中のヒト・モノ・カネの流通・取引・拡大・分散・管理・統制、泥棒や殺人、核製造も可能な世界情報技術のグローバル・メイン・ストリートに成長していった。その結果、世界諸国・民族文化のナショナルな意味での国境線は無効化し、時間と情報がリアルタイムで結ばれ、地球はスモール化しフラット化し、マクドナルド化していったのである。

そこから現在の過剰流動性をもったファンド資金が暴れまわる“金融資本主義のパラダイス”が生まれた。言葉を変えれば世界中に“格差社会”が拡大したのさ。同時に今度の東日本大震災で大打撃を受けた日本企業の部品供給基地あるいはタイの大洪水で水没したあの日本部品工場団地のサプライチェーン、特に大震災が起きる前までは世界最高のビジネスモデルと言われていたトヨタ自動車の「ジャスト・イン・タイム」システム(在庫の最低化と最速の部品供給システム)だって、みんなそのインターネットを通じたコンピュータ管理の下に動いているのであって、いまやインターネットは地球インフラの最たるもの=人類の“公共財”と言われるのも不思議ではない。

世界のネット人口は二十億人と過去10年で5倍以上に増えた。全人口に対する浸透率は3割。もはや先進国偏在ではない。アフリカの利用者は10年で25倍の一億一千万人。……ネットはどんな領域にも浸透し、既成秩序を揺さぶる。(日本経済新聞3月5日)


つまり、あのゲイツとジョブズの小型機PC革命ってのは、こうした電脳ネット端末が世界中にばら撒かれる、20億人の手に普及・伝導されるためのツール革命として必要とされ、姿を現してきた……と、キミは思わないかい? わたしが1995年にシリコンバレーで出会ったヒッピー最後の生き残りブッチ・リーはこう語っていたっけ。

「たとえジョブズがやらなくとも、誰かがPCを作ったろう」

似たようなことが、いまも言える。スティーブ・ジョブズはiPodとiPhoneの大成功によって「世界を2度変えた」革命的な天才と喧伝されているが、その世界ビジネスの成功を可能にしたのは彼の天才的独創よりは、むしろインターネットによる外注システムの力のほうが大きいとも言われている。WEBRONZA(朝日新聞)でITジャーナリストの林信行って人がこう書いている。

ジョブズ氏が、数十年に一人の辣腕経営者であることは間違いないが、後任のティム・クック氏の功績も大きい。クック氏は自社工場と倉庫をなくし、製品の製造を中国の工場に委託した。代理店契約を結ぶことで流通在庫を激減させ、全製品をグローバルモデルとする世界展開も可能にした。(中略)
 利ざやの大きい製品を無駄のない流通戦略で効率よく利益を生み出すアップルに比べ、ライバルには「選択と集中」ができず、製品の出荷数は大きくても利益を生み出せない企業が多い。製品の質で追いついていけないだけでなく、企画、開発、流通でも大きな差をつけられている。世界を変え続け頂点に君臨するアップルの立場は、今後も当面は安泰と言えそうだ。


でもね、これではまるでトヨタのジャスト・イン・タイムシステムの物真似みたいだ。あるいは中国委託工場のファストファッション〈ユニクロ化〉だ。世界はますます個性と独創を失い、フラット化、共通部品化してゆく……。

ねえ、キミはいまここで不満気に「お前は一体何を主張したいのか?」と言いたいんだろ。しかし、もう一節綴らせてくれ。東北原発問題としっかり絡むテーマを語っているんだってことが、もうすぐ明らかになるから。

2011年現在、インターネット文化はどこまで成熟したかについて、わたしは最近、こうレポートした。

 インターネットは、世界中の〈モノ〉と〈カネ〉と〈ヒト〉を蜘蛛の巣の網の目のようにつないでいくが、二十一世紀のいま、それは次の如きレベルまで成長した。すなわち最近の中東チュニジアの「ジャスミン革命」やエジプトのムバラク政権打倒の「民衆革命」の支援ツールとして活躍したソーシャルメディアのフェイスブックやツイッターのことである。彼らの「独裁者を打倒!!」の叫びは、インターネットカフェを通じて貧困層の若者たちに伝達された。
『ソーシャルメディア革命』(立入勝義、ディスカヴァー携書)には、二〇〇八年にオバマ大統領が「チェンジ!」に成功した背後にはソーシャルメディアの活躍があったと書かれているが、逆にいまアメリカで大流行している反オバマの草の根保守のティーパーティー運動だってフェイスブックの「トモダチ集め」で拡大している――こうしたことは、インターネットが「モノ」や「カネ」をつなぐ金融経済インフラから「ヒト」の生きる勇気や怒り、愛や涙をつなぐ地球的規模の〈人間連帯のためのインフラ〉にまで成長したことを物語る……と私は思うね。
 仮にネット人口のうち、一億人が環境破壊や強欲資本主義の企業活動に怒り、不買運動でも始めたら、多国籍企業の二つや三つは簡単に吹っ飛ぶだろう。
(『en-taxi』「星座の誤読」から一部改変して引用)


こうしたインターネットの成熟は別の言葉を借りて表現すれば、もっと良く世界の様相が読み取れるだろう。すなわちコンピュータの大増殖・連鎖はインターネットというVR(仮想現実)の情報空間=Cyber Spaceを創りだした。いまやわたしたちは手触りのある実物アナログ・リアリティと手触りのない仮想デジタル・リアリティの2つの世界を往来して暮らしているのだ。

サイバー空間! それは人類の長い十進法文明の中に異質な二進法(デジタル)技術の文明空間が出現したことを意味するのだから、『大停滞』のコーエンの(3)「私たちの暮らしは一九五三年以降たいして変わっていない」という説はまったく勘狂っているのだ。50年代にコンピュータはあったが、サイバー空間は開発されていなかった。確かにコーエンは「魔法のテクノロジー思えるインターネットを別にすれば……変わっていない」という留保をつけていた。しかし、サイバー空間の創出は、留保ですむような小さなイノベーションではない。もっと根源的な変化だ――人類にとってそれがプラスかマイナスかはまだ判然としていないのだが……。

なぜなら、インターネットが地球上のあらゆるヒト・モノ・カネを〈つなぐ力〉に成熟したいま、反対にその電子インフラを切断・破壊・汚染させるハッカー攻撃やサイバーテロの〈切る力〉も〈つなぐ力〉と同じくらい強力な文明力として現れてくるからだ。

例えば、佐々木良一の『ITリスクの考え方』(岩波新書)じゃ、サイバーテロを「重要なインフラの基幹システムに対する電子攻撃」と定義している。さらに「重要インフラ」とは「情報通信、金融、航空、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流」などだと書いているが、標的がもしコンピュータ管理のダムだったらどうだろう。それこそ東日本大震災のような津波洪水を人工的に作り出すことだって不可能ではないだろう。そしてそれがもし原子力発電所だったら……?

とまぁ、そういうわけで、1969年のビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、ウォズニアクの時代のサイバー・トレッキングから現代のサイバーテロに至るまでの物語の蓄積が頭の中にあったためだろう。今度の東日本大震災が起きた後にわたしが心ひかれたのは何だったのか。次回は、3.11から5日後の3月16日頃に書いた、震災の現実とは全くかけ離れた文章から始めたい。
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  1. 2011/12/02(金) 00:46:04|
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