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仮説の冒険 吉田 司

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3.11以後を見る第3の目 その3

いまから17年も前の1994年、わたしは米国VR(バーチャルリアリティ・テクノロジー//3D映像文化)最前線取材の旅に出て、ワシントンの国立スミソニアン航空宇宙博物館に展示されている月着陸船アポロ11号の回収カプセル(実物)に出会って、次のような時代認識を抱くことを禁じることができなかった。拙著『デジタル・パラノイア』(CYBER HEAVEN TREKKING)からの引用だ。

狭い円錐体カプセルであるコロンビアの上方は電脳機器類でギッシリ埋め尽くされ、下方の底辺の空間には三人の宇宙飛行士の人形が乗っている。想えばいまから二十五年前、その飛行士のアームストロング船長らは月面の「静かの海」に降り立ち、「われら全人類を代表し、平和のうちにここに来た」と宣言したのだった。アメリカのすべての白人は彼らを「人類の英雄」として迎え、逆にハーレムの黒人は「白人どものサル」とこきおろした。しかし、当時の日本のマスコミにはこんな報道もあった。
「今度の計画の主役はあくまでもコンピュータであって、人間はつけ足しです」(科学評論家・佐伯誠一)

 

実際にはアポロのエンジン点火も軌道修正も、すべてNASAの管制塔にあるIBM360-75型という超大型電算機十台によって操作されていたからだ。アポロの船内にも超小型電算機九台が搭載され、飛行士は管制センターからの指示に従って動くだけ。おまけに彼らは睡眠時間から心臓の脈拍数に至るまで、生理や心理を完璧に記憶・分析され、コンピュータに監視され続けていたのだった。


 つまりここに視えてくる宇宙飛行士の姿は「英雄」でも「サル」でも「つけ足し」でもない。
(1)NASAから送られてくる電脳情報に取り囲まれ、情報に誘導(コントロール)される「情報化人間」(=指示待ち症候群)
(2)電子情報機器なしには行動も判断もできない「端末人間」
(3)シミュレーションの繰り返しで出来上がった「マニュアル人間」
 といった、いわば現代の高度情報化社会における人間像の最も凝縮された姿が、そこに幻視されてくるのだ。そう、アポロとは、電脳電子の情報が逃げ場なく人々の暮らしを取り囲み、環境化して生存条件を左右するような、この“私たちの時代”の始まりだったのである。


 アームストロング船長らは電子情報化社会の巡礼始祖(ピルグリム・ファーザーズ)、アポロはメイフラワー号だったのかもしれない――。
 もっと端的に言うなら、あの時、宇宙から生還したのは飛行士という人間ではなく、“電脳主義という時代”の方ではなかったろうか。スミソニアンよ。


つまり1969年から、コンピュータによるグローバルで高精度の市民監視社会が新たにスタートしたという時代「変貌」認識がわたしにはある。だからコーエンの1969年理論にはついてゆけない、退屈で。だってコンピュータ技術のPC(パーソナル・コンピュータ)革命という画期的イノベーションもこのアポロから生まれているのだぜ。そのPCのソフトウェアの世界を開拓したマイクロソフト創業者のビル・ゲイツと、ハードウェアはこの間死んじゃったアップルのスティーブ・ジョブズ。その2人のPC物語のさわりを、前出の『CYBER HEAVEN TREKKING=電脳浄土放浪記』から連続引用してみるね。

 ゲイツが初めてコンピュータを触ったのは十三歳の時。一九六八年にシアトル一番の上流私立高校レイクサイドスクールに全米最初の“学校コンピュータ”が、PTAの母親クラブの手で導入された時のことだ。電話回線でPDP-10(データ処理装置)につなぎ、命令をテレタイプで入力するマシーンだったが、それを夜もなく昼もなく学校に泊り込みで独占使用した「不眠症のコンピュータ狂」(電脳おたく)の生徒代表がビル・ゲイツとその盟友ポール・アレンだった。この二人は七年後にマイクロソフト社を設立するのだが、とりあえずゲイツはそのPDP-10で先ず、“三目並べ”をこなし、次に“月着陸船ゲーム”のプログラムを書いてみた。


 というのも六八年といえば、翌年の六九年にはアポロ11号が人類初の月面着陸に成功した時代で、アメリカ中がソ連との宇宙競争熱に浮かされていた。そしてその宇宙競争に勝利するカギは、宇宙船に積み込むコンピュータ制御装置の小型化と軽量化だった――IBMがそれまで市場を独占していた大型コンピュータの時代から、超小型集積回路(マイクロチップ)を組み込んだマイコン世界へのダウンサイジング=舞台の変更は、当時の国家的要請でもあったことがわかる。そしてまたその電脳(コンピュータ)の「小型化と大衆化」(=パーソナル・コンピュータ革命)を担ったのが、ゲイツたち「ボサボサの長髪で、フケだらけ」のドロップ・アウトの電脳おたくだったことは、当時のベトナム反戦や麻薬やヒッピーなどの〈対抗文化〉の若者パワーがコンピュータの世界にまで波及したことを物語っていた、いわゆる〈異議申立て〉世代の登場である。
 日本で言えば、大人社会に向かって「ナンセーンス!!」を連呼していた〈全共闘〉や〈モラトリアム〉の世代で、アポロ月面着陸の六九年は東大安田講堂決戦の年だ。(中略)


 そ~した国家的な宇宙ビジネスとホットな対抗文化熱の中から、七四年コンピュータ文化の“共産党宣言”ともいうべき〈コンピュータ・リブ〉宣言が発せられた。
「コンピュータ・パワーを人民の手に! IBM野郎を倒せ!」
 その声に応えて、世界初のマイクロコンピュータ「アルテア」が姿を現してきたのである。

 

アルテアに最初に反応したのが、シアトルの「不眠症」ビル・ゲイツとポール・アレンだ。彼らは「以前からあったコンピュータ言語BASICをアルテア上で動くように改良した最初のバージョンを発表」し、ただちにマイクロソフト社を設立した。
 一方、アルテア熱に刺激されたシリコンバレーでは多くのガレージ「ホームブリュー(自家製)コンピュータ」製作の競争が始まり、その中から七六年スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアクが世界最初のPC「アップル」機を作り上げた。……巨大な軍産複合体IBM帝国(大型コンピュータの時代)を打倒する小型機PCの「ハード」と「ソフト」の革命がほとんど同時にスタートしたのである。


マイクロソフトとアップルのPC革命がイノベーション史の中で果たした歴史的意味を考えてみよう――政府や大企業の特別室にデーンと鎮座ましましていたIBM的巨大電脳(メインフレーム)の世界が解体または細胞分裂し、市民一人ひとりが操作可能で大衆的な小型電脳(パーソナルでアット・ホームな家電製品)に変化した。いわばアポロ宇宙化技術(=核ミサイル技術)の商業化または平和利用時代のはじまりで、彼らのPCは世界中の「一家に一台」(特に小金持ちで“自由”を愛する中流サラリーマン階層向け)をスローガンに何十億万個と売れ続けた。

やがて世界は(貧困層を除いて)コンピュータだらけになる。そう、世界が〈底辺〉まで電脳化するためには、IBM支配を打倒し〈民衆のためのコンピュータ〉と銘打った反逆と自由の機械=アップル革命(マッキントッシュの誕生)が必要だったのだ。マックとウィンドウズを購入するということは、市民的な精神の自由を購入することと同じだった。聖書のことば《真理はあなたを自由にする》を思い出せばいい。《真理》を《コンピュータ》に言い換えれば、70~80年代の世界のコンピュータ発熱現象の意味がわかるだろう。

もう一度言う=そして、世界はコンピュータだらけになった。それから何が起きたのか? 次回、語っていきたい。
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  1. 2011/11/29(火) 03:57:01|
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