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仮説の冒険 吉田 司

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「トモダチ作戦」の正体 その1

やめた菅直人前首相が、9月6日の東京新聞と朝日新聞のインタビューで、震災直後の政府対応のアレコレについて、弁明的“答弁”を行なっていた。興味深いポイントをいくつか切り抜いてみた。今回はそこからスタートしよう。

①菅前首相は、事故四日後の三月十五日に東電本店に乗り込んだ理由を「午前三時ごろ、海江田万里経済産業相(当時)から『東電が第一原発からの撤退の意向を示している』と言われた」ためと明言。
「(第一と第二で)十基の原発と十一個の核燃料プールを放置したら、何時間か何十時間の間に原子炉とプールの水は空になり、どんどんメルトダウン(炉心溶融)する」との危機感から、本店に政府と東電の対策統合本部を設けたと述べた。
 その上で「撤退したら今ごろ、東京に人っ子一人いなくなっていたかもしれない。まさに日本が国家として成り立つかどうかの瀬戸際だった。(旧ソ連)チェルノブイリ事故の何倍、何十倍の放射性物質が出ていたかもしれない」と説明。こうした体験から「日本の核技術なら大丈夫」との考えを改め、原発に依存しない社会を目指そうと思ったという。(東京新聞)

② ―そういう経験を踏まえての脱原発依存宣言だったと。
「3.11前は、安全性をしっかり確認して原子力を活用していくスタンス。私自身『日本の技術なら大丈夫』と思っていたが、3.11を経験し、考えを変えた。円を百キロ、二百キロと広げる中に人が住めないとなったら、日本は成り立たない。十万、二十万人の避難だってすごく大変だが、三千万人となれば避難どころではない。そのリスクをカバーできる安全性は何か、と考えた。それは原発に依存しないことだと」(東京新聞)

次に朝日新聞にはこう語っている。

③ ――事故対応を巡り、米国の支援を日本政府が断ったという話があります。
「私のレベルで断ったことは一切ない。はじめからぜひご協力お願いしますという姿勢だった。ただ、まずは日本人が日本のメンバーがまずやるというのが、当然だと思っていた」
 ――当時、「東日本がつぶれる」と周囲に漏らしたと報道されました。
「発言はしていない。ただ、シミュレーションとしてあらゆる可能性は調べさせた。(後略)」(朝日新聞)

④ ――経産省とぶつかる場面もありました。
「経産省は原発推進だから私は、環境省に原子力安全庁を作ると閣議決定した。その流れはそう簡単に逆行しない。脱原発依存へ、私の考えと内閣でやれるところはやったが、最終的には国民判断だ」(朝日新聞)

⑤ ――なぜ日本社会は安全神話を信じ、原発事故を防げなかったと思いますか。
「一言で言えば、同調圧力だ。だんだん違うことが言えないムードになっていく。例えば、原子力村ではあいつは変わり者だからといって外していく。役所もそうだ。それを恐れてみんな同調していく」(朝日新聞)

このインタビューの中でわたしなどが最も注目するのは⑤の同調圧力の日本人の問題についてなのだが、この問題についてはすでにこのブログのオープニングから一種の全体主義(シーベルト・ファシズム)に向かうことの危うさ……として何回も展開した話なので、ここではパスするね。

そこで②に注目することから始めよう。②を読むと、菅直人の政府がいかなるものであったかが、一目瞭然だからだ。3.11前は原子力推進(原発インフラの海外輸出)→事故が起きたから脱原発依存に転向……要するにただの“成り行き任せ”の漂流内閣。信念も哲学もない。しかも「脱」原発「依存」だ。依存症ではなくなる程度の原発は容認するって話だから、成り行き次第では再び原子炉プラントの輸出を始めるつもりだったのだろう。

これまで何度も繰り返したが、〈脱〉にせよ〈反〉にせよ、原子力発電の本質は核分裂エネルギーの原子爆弾がメインであって動力源エネルギー(オール電化の市民生活)としては副次的存在だ。だからメインの核兵器廃絶「核なき世界」のほうがグローバルに前進しなければ、緑の党がどんなに頑張っても原発(原子炉)エネルギーは連動して必ず残存する。脱原発が自然エネルギーへの転換(再生エネルギー法案や発電態勢の変革など)だけで可能だとは思えない。核(原爆)と原発はあくまでワンセットの覇権(帝国主義)エネルギーなのであり、東電などの国策民営会社の原子力発電は一種の《軍産複合体》的性格を付与されていることをくれぐれも忘れてはなるまい。

ということは当然、原発は単なる“平和な電力”の生産工場としてだけではとどまり得ない。10月5日付けの雑誌『SAPIO』で、あの漫画右翼の小林よしのりでさえ、こう述べて、国土・国民を守るため即座に「脱原発」→原発なき「核武装」という奇策を提起している。

「原発はもともと原子力潜水艦の原子炉の民事転用であり、どこの国でも原発は軍事と不可分である。日本の原発計画も、当初は核武装までを視野に入れていた」(『SAPIO』)と。

同じ『SAPIO』で、自民党の元防衛相の石破茂は小林にこう反論し、原発は残せと言っている。

「私は核兵器を持つべきだとは思っていませんが、原発を推進するということは、核兵器を作ろうと思えば、一定期間のうちに作れるという『核の潜在的抑止力』になっている。逆に言えば、原発をなくすということはその潜在的抑止力をも放棄することになる」(『SAPIO』)

でね、例えば①と②で菅直人前首相は「日本の技術なら大丈夫」と思っていたと語るが、その日本の原発技術とはどんなものだろう。

石破茂によるとこんなものだ。

「核の基礎研究から始めれば、実際に核を持つまで5年や10年かかる。しかし原発の技術があることで、数カ月から1年といった比較的短期間で核を持ちうる。加えて我が国は世界有数のロケット技術を持っている。この2つを組み合わせれば、かなり短い期間で効果的な核保有を現実化できる」(『SAPIO』)

かくの如く小林よしのりと石破茂は互いに対立しながらも、原発の本質が核兵器のためにあることを認めているのだが、面白いことに2人とも肝心要の国家防衛の主権論、あるいは現実論がスッポリ抜け落ちている。すなわち今この日本の国家主権は誰の手にあるのだろうか!?

2000年代前半の小泉純一郎政権は“属国主義”の時代で、ほぼそれはアメリカの核の傘の下にあった。3.11以降の菅直人の時代はあの『トモダチ作戦』の米軍への翼賛体制(安保同盟管理)下に置かれた。当時の週刊誌ジャーナリズムの表現をもらえば、「今や、日本は半ば米軍の占領下にある」というありさまだったのだ。首相官邸には米原子力グループが常駐し、③では菅首相自身が「はじめからぜひご協力お願いしますという姿勢だった」と語っている。小林・石破の2人は核武装の有無で対立する前に守るべき独立国家ニッポンはいまどこにあるのかに思いをめぐらす必要があるのではないのか……。

そこで、小林にプレゼントしたいものがある。押し付けかもしれないけど。次回、受け取ってくれ(笑)。
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  1. 2011/10/24(月) 00:45:13|
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