FC2ブログ

仮説の冒険 吉田 司

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

原発が一神教的技術って、ほんと? その4

で、中沢新一に言いたいことっていうのは――「緑の党」みたいなものを作って太陽光発電パネルを農地に敷きつめ、「第七次エネルギー革命を自分の内部に組み込んだ思想」=「エネルゴロジー」によって東北を逆に進んだ地帯に変えてゆく(『大津波と原発』p83)……などと福島復興ビジョンを語っているが、原子力発電はこれまでさまざまな形で指摘してきたように、発電用エネルギーの必要性だけでこの世に生まれてきたわけではない。原子力爆弾とか国家の威信とか、ナチス・ドイツやソ連邦との冷戦とか、そうした政治的・軍事的ないわば、“仁義なき”帝国主義競争が作りだした副産物である。しばしば核武装技術の貯蔵庫である。そういう“出生の秘密”故に、原子力発電は世界中に受け入れられ、欲せられているのだ――イスラエルとかパキスタン、インドとかカダフィ時代のリビア、北朝鮮、イランとかそういう戦争国家や新興国、独裁国家の間に。

彼らは発電エネルギーが欲しいだけではない。むかし日本改新党議員・中曽根康弘が考えたように、彼らもまた「科学技術の推進と二本立てでいける」(核武装技術の蓄積)と考えているのだろうよ。

だから太陽光発電発パネルの大量敷設や自然エネルギーへ転換すれば「脱原発」に世替り(よがわり)できるなどと、わたしはサッパリ思わないのだ。わたしは3.11の震災・津波から一週間後、こう考えた。いま必要なのは太陽光発電パネルではなく、日本人の原爆体験(ヒロシマ、ナガサキ)の改造だと。それは雑誌『世界』5月号に載ったのだが、それを読んだわたしの友人はこう言って笑ったものだ。「吉田の考え方はいまは誰も理解しない。半年ほど時間がたって落ち着いた頃なら、人々に受け入れられるかもしれない」と。まあ読んでみてくれ。少なくともあの中沢新一の太陽光発電パネル理論のずっと埒外にだけはあるはずだ。

「根本から考えてみようじゃないか――二〇世紀は原子力(核分裂エネルギー)の世紀だった。核分裂を破壊的な戦争力に使ったのが〈原子爆弾〉、産業力に平和利用したのが《原子力発電所》だ。コインの裏表。もともとは同じ原子の火である。それなのにわれら日本人は大東亜戦争でそのアメリカ〈原爆〉に敗れ、いままたこの大震災でアメリカ・モデルの《原発》事故に敗れつつある。一度でもうコリゴリなのに二度も原子の火を浴びた。わたしはこれほどお目出度い愚かしい国民・民族性は世界にないんじゃないかと思う。だって八月一五日に、わたしたちは原爆慰霊碑に「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と血涙の誓いをして戦後平和民主主義へと出発したのではなかったか。ノー・モア・ヒバクシャ(被爆者)! とも叫んだ。だがいまこの福島原発事故から発生しつつある放射能「ヒバクシャ」(被曝者)の出現に、ヒロシマの死者の霊は一斉に眠りからさめ、慟哭し怒り騒ぐだろう。死者に顔向けができない。わたしたちは過ちを繰り返したのだ。
 だとしたら、これは単に福島原発「廃炉」、放射能浄化運動の復興物語だけで終わらせるわけにはゆかない。戦後日本の「平和のかたち」=経済大国化の物語を再点検せねばならないだろう。なぜなら、日本経済繁栄の最大のインフラは日米安保軍事同盟の〈核の傘の下〉の平和産業ビジネスでありサラリーマン企業戦士であり、原子力発電による電力供給(総電力の三割)であったからだ。戦後平和ニッポンの裏側はまるっきり“核漬け”だったのだ。しかも、「福島第一原子力発電所にずらり並んだ原子炉でできた電気はみな、東京に送られています」(朝日新聞 三月六日、前岩手県知事・増田寛也)。だからもし東日本の復興がそうした大東京中心主義=「核との共存」社会の復旧にすぎないのであれば、わたしたちはこの二一世紀の世の中に極めて古臭い二〇世紀的な国民国家を復活させることになる。時代錯誤という他はない。
 いまや原子力の安全神話は崩壊したのであり、「核分裂エネルギー」(原爆・原発)は二〇世紀にはかろうじて保っていた「戦争と平和」の区別・均衡を失いマッドな暴走をはじめている。この核の暴走を阻止できるのは、《核廃絶》とは原爆だけではなく原発の廃絶とワンセットなのだと主張する世界民衆の反戦平和の声だけである。すなわちヒロシマ+フクシマ型の民衆運動が世界潮流の最先端となるだろう。東日本の復興とは、新しい核廃絶・核離脱の道を世界に黙示することを除いてはあり得ない。」(『世界』5月号 岩波書店)より抜粋

なるほど、わたしの友人の言葉は本当だった。それから5か月後、8月6日のヒロシマ忌と9日のナガサキ忌には、次のような反戦反核・反原発=〈フクシマ支えるヒロシマ〉の声がメディア全体にあふれたのだから。実はこういうあっというまの“世替り”(御一新または総転向)ってものこそ、わたしが一番嫌いな日本人像なのだが……。

●「私の運動への熱意は核兵器廃絶に偏りがちだった。反原発への取り組みが弱かった」「この原発事故を最後にしましょう。『ノー・モア・フクシマ』と叫びましょう」(原水爆禁止日本国民会議)

●「『原子力の平和利用』という言葉を今まであいまいに受け止めてしまっていた。……世の中から核兵器がなくなってほしい。原子力発電所がなくなってほしい」(女優 吉永小百合)

●「『ノー・モア・ヒバクシャ』を訴えてきた被爆国の私たちがどうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのか」「人間の制御力を過信していなかったか」「ヒバクシャを絶対につくらない、その道の行き着く先は原発ゼロだ」(脱原発宣言/長崎市長・田上富久)

●「被爆国として日本は世界に核廃絶を訴えてきたが、足元での核災害を防げなかった。今や放射性物質をまき散らし、核の不安を広げている。これからはフクシマに触れずにヒロシマ・ナガサキを語っても世界は聞き入れてくれまい。(中略)『核兵器と原子力は別問題』と決めこむ姿勢はもう通用しない。今後は核兵器も原子力も合わせて、核の危険をいかに無くすかを議論しなければならない」(国際交流NGO「ピースボート」共同代表・川崎哲)

また、こういう興味深い反応もモスクワから発信されている。

●インターネット新聞「フォーラム・モスクワ」は、日本の脱原発は核の軍事利用の可能性を放棄するものであり、北方領土問題の解決から軍事的手段の選択肢を消すことにつながると指摘した。(朝日新聞 8月10日)

こうした反戦・反核・反原発の「ヒロシマ」+「フクシマ」型の平和運動が拡大してゆくことは決して悪い話ではない。しかしそれがあの日本人のいつもの集団主義=「ひとつになろう日本」というまわりの「空気を読んだ」すばやい変身=世替りで終わらないように、ちょっとおまじないというか、呪文をここに刻みつけておきたい。あまりに身軽に「ノー・モア・フクシマ」に飛び移る人々に対して。わたしたちは「ヒロシマ・ナガサキの誓い」さえ十分に果たせなかったのに……。例えば前出の田上富久・長崎市長が「原子力に代わる再生エネルギーの開発を進める必要性」(脱原発)を訴えた日、中国の新華社通信こう冷ややか対応を見せているのだぜ。

ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下は「侵略戦争を起こした日本に早期降伏を迫るためだった」と。ネット上には「日本は毎年、被害者のように原爆投下の式典を開き、加害色を薄めている」といった声さえあるという。(朝日新聞 8月10日)

わたしはこのブログで、ドイツ「緑の党」の脱原発運動を自賛したミュンヘン大学のウルリッヒ・ベック氏に、20世紀最大の世界リスク=〈核の脅威〉を生み出したのはそもそも貴国のナチス・ドイツの原爆開発ではなかったのですか? と尋ねたことを思い出す。アメリカのマンハッタン計画はそれに対抗するために始まったのです。そのことへの自省なしに、いまドイツ国民の脱原発の“先進性”をフクシマ・日本人に“お説教”できるのですかと。

しかしそれと同じことが、ピカドン(原爆)2発で天皇絶対主義の軍国ニッポンからたちまちコロッと平和愛好主義の「被害者民主主義」に“世替り”して、原子力の平和利用(核武装技術の蓄積装置)を受け入れてきた、われらの戦後経済成長の歴史についても言えるのではないだろうか?? わたしたちは確かに世界で最初に被爆した。しかしその被爆は“自ら招いた災厄”という側面は全くなかったのだろうか?と。わたしたちは戦争の被害者なのか加害者なのかと。

「ヒロシマ」+「フクシマ」型の新しいストップ・ザ・核爆弾(劣化ウラン弾含む)・核発電の世界市民運動がおこるためには、そのヒロシマ・ナガサキの“隠された汚点”を日本人が深く自省せねばなるまい。そうでなければ、新しい「ノー・モア・ヒバクシャ」の正当性、説得性をその運動が獲得できる根拠はどこにもないのだと知るべきである。

そうしたヒロシマ・ナガサキ型の戦後平和「被害者」民主主義の“隠された”問題点については2006年に社会学者・姜尚中との対談集『そして憲法九条は。』(晶文社)の中で語り合っている。それを、あまりに身軽にいま「ノー・モア・フクシマ」を唱和する人々・メディアへの呪符としてここに貼り出しておきたい。そして同時にこの対談で触れるパール・ハーバー(真珠湾)攻撃の中心人物、大日本帝国海軍の山本五十六提督もまた新潟県長岡市出身。すなわちあの奥羽越列藩同盟〈東北ナショナリズム〉の系譜に連なる人間だったことを忘れないで欲しいと思う。
                               *
十二月八日の意味

吉田 戦後六十年が過ぎた今、憲法改正や六者協議の東アジア共同体のような問題、その軸となる核放棄といったことを考えるときに、戦後出発点をどこに置くかによって物事を見ていく角度がずいぶん違ってくるんじゃないか、と最近考えているんです。
 例えば核を考える上で、広島と長崎は一九四五年の夏を出発点に置いてよいのか。現在の核問題はグローバルな形で広がっていますね。日本の核問題はその一部だと考えた場合には、原爆というものが作られて、“最初の見せしめ”として実験的に使われたという意味で広島と長崎は、むしろひとつの結果なわけです。とすれば、始まりは、原爆開発のマンハッタン計画が本格的に稼動したのはいつかということになる。
 ナチス・ドイツが台頭してヨーロッパで戦争を始めたころのアメリカの世論・国論は、モンロー主義じゃないけど、もう戦争はしたくない、ヨーロッパの戦争なんだからというものだった。特に若者たちは戦争に行くのは大反対で、ちょうど今の日本の、反戦・平和の若者と同じような状態だったと言われますね。そのために、ナチス・ドイツの原爆計画を阻止するためのマンハッタン計画も、予算は出るけれどもなかなか進まない。陸軍も海軍も自分のところのミサイルやレーダーを作らせるために科学者を送ってこない。そんな状況がガラガラと音をたてて本格的に動き始めた要因は昭和十六年の十二月八日、パール・ハーバーなんです。
 各部署に散っていた科学者たちが、「リメンバー・パール・ハーバー!」と叫び、何が起ころうともこの原爆計画を遂行する、原爆を作ることが世界に対するわれらの使命だということを言い始めるのがこの後です。とすると、あの「ニイタカヤマノボレ」の日米開戦=真珠湾攻撃こそが、実は戦後の出発点ではなかったのかと、最近考えているわけです。戦前に戦後がすでに出発しているというのは形容矛盾ですけど、戦後の日本の平和民主主義というのは。すべて被害者民主主義なわけですよね。
姜 そうですね。ぼくも、今の時代は複数の出発点を考えたほうがいいんじゃないかと思います。ひとつは吉田さんがおっしゃった、戦後の出発点は戦前に準備されているということ。その目で見ることで、戦後の被害者民主主義をある種、加害者の側に転換させる。
吉田 ルーズベルトがハル・ノートを含めてどのように圧力をかけてきたか、導いてきたか、あるいは日本が嵌められてきたはさておき、真珠湾は明らかに宣戦布告以前の闇討ちと言えるもので、そうなると加害責任、戦争を始めた責任はこちら側にあるわけです。それが後の米中の朝鮮戦争などにも全部つながっていくわけでしょう。
 ところが広島・長崎の一事で、アメリカは国際法違反である、ピカドンという人類の敵のような悲惨な行為をやったんだ、なんの罪もない広島住民が一瞬にして大量に焼き殺された、という形で、完全に被害者民主主義だけで語られるんですね。しかし、そうした被害者としてのダブル・フェイス性が通用しなくなる可能性があります。十二月八日に戦争を始めたのはお前じゃないか、そうすると原爆の問題に関しても、加害者の視点が抜きがたく入ってくるわけです。パール・ハーバーを攻撃しなかったとしたら、マンハッタン計画は進まなかったかもしれない。
姜 そうしたら、核が使われなかったかもしれない。
吉田 少なくとも、もうニ、三年遅れていれば、日本はおそらくポシャっていたでしょう。天皇制は衰弱して軍部ももうもたない。原爆なんか落とさなくっても、内部崩壊しただろうことが、誰の目にも明らかになったはずです。そうすれば核というものは違う形で準備し直されたかもしれないし、あるいは登場しなかったかもしれない。少なくとも広島・長崎の八月六日、九日までには間に合わなかった。
姜 違う歴史になっていたかもしれない。
吉田 あるいはまた違う形で冷戦構造、宇宙の軍拡構想につながったかもしれないけど、核ができたからこそ多極分散型のコンピュータ・ネットワーク「アルパネット」が生まれ、今のインターネットにまでつながってくるわけでしょう。そう考えると、核、コンピュータ、インターネットを準備したのは、まさに十二月八日じゃないか。ちょっと強引なむすび方かもしれないけど、そこに日本人の、思想としての出発点を置いたときにずいぶん変わってくるような気がするんです。戦前と戦後の線引きをどこに置くか。出発点を動かすことで戦後史の見直しができないかということを考えているわけです。

                           『そして憲法九条は。』(姜尚中、吉田司 晶文社)より抜粋。

                            「原発が一神教的技術って、ほんと?」終わり
スポンサーサイト
  1. 2011/10/22(土) 23:56:51|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「トモダチ作戦」の正体 その1 | ホーム | 原発が一神教的技術って、ほんと? その3>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://tsukasa45.blog.fc2.com/tb.php/20-db8b0452
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。