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仮説の冒険 吉田 司

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原発が一神教的技術って、ほんと? その3

まずこのロシア原発開発が進んでいるとの情報に“虚を突かれた”のが、原爆・原潜計画ばかりに熱中していたアメリカである。ホワイトハウスは真っ青になった。ちょっと年表をチェックしておこう。

1949 ソ連原爆実験成功
1952 イギリス核兵器保有宣言
1954 ソ連・世界初の原子力発電に成功

これらはアメリカの「核独占」戦略の明白な挫折であり、核軍拡競争時代の幕開けを告げていた。前出の『核大国化する日本』(小林真奈美)から援用すれば、こうだ。

「ほどなくしてソ連と英国は、核エネルギーを発電にも利用しはじめた。カナダやフランスも原子炉開発に着手していた。その頃、米国は高速増殖炉など様々なタイプの炉を試したり、濃縮ウランを使った小型原子炉を搭載する潜水艦、いわゆる原子力潜水艦の開発に躍起になっていた。発電のほうは後回しにしていたのである。なお、潜水艦用に開発された炉は加圧水型軽水炉と呼ばれる。
 米国の核の機密政策は破綻した。唯一の核保有国ではなくなり、原子力発電の実用化では後進に追い越されてしまった」

その巻き返し政策が、1953年12月、アイゼンハワー大統領が国連総会で発表した「アトムズ・フォア・ピース」(平和のための原子力)だというのだ。これこそが、いわゆる〈原子力平和利用〉と呼ばれているもののスタートであった。平和利用とは医療なども含むが、ほとんどは原子力発電産業を指すのだ。アメリカの狙いはどこにあったか? 小林真奈美レポートの続き。

「一九五五年、国連主催の第一回原子力平和利用会議がジュネーブで開催され、世界に核エネルギー技術が公開される。この会議は原子炉をセールスする場でもあった。米国は原子力法を改正し、それまで国が一括管理していた核技術と核物質(濃縮ウランなど)を商業利用できるよう民間資本に開放。民間の資金力を使って原子炉の開発と売り込みを推し進めた。こうして六〇年代半ばまでに、米国製軽水炉が原子力市場の主導権を握るようになる。(中略)
 その頃、ソ連や英国、カナダなども自国製の原子炉と核技術を他の国々に売り込んでいた。これらの国々は、各国から多くの研修生を受け入れ、知識と技術の普及につとめた。これが核兵器が拡散する土台となったのである。
 平和(商業)利用も軍事利用も、核エネルギーの原理に違いはない。『平和のための核』が普及するにつれ、核爆弾の製造能力をもつ国々はどんどん増えていった」

この小林レポートをそっくり逆転させると、以前紹介した原子力学者・吉岡斉の「日本の原子力政策の特徴は、国家安全保障のために先進的な核技術・核産業を国内に保持するという方針を不動の政治的前提としている」という指摘にピタリとあてはまる。もう一度、その吉岡の言葉、思い出そうぜ。

「日本は核武装は差し控えるが、核武装のための技術的、産業的な潜在力を保持する方針をとる。…中略…先進的な核技術・核産業をもつことが国家威信の大きな源泉となる。いわば『原子力は国家なり』という含意である」

歴史的に言うと、日本では1954年3月に中曽根康弘改進党議員を中心に原子力予算が国会に提出され、成立した時からスタートしたが、「55年末までに原子力体制の骨格がほぼ固まった」と言われる。その中曽根元首相が、今度のフクシマ事故について朝日新聞紙上のインタビューで語っているので、その一部を見てみよう。

「戦後日本の最大の問題はエネルギーだった。石油はないし、石炭も貧弱。ガスも出ない。敗戦から立ち直り、独り立ちするには、エネルギーをどう確保するかが大命題だった。着目したのが原子力だ。科学技術の推進と二本立てで行けると考えた。アイゼンハワー大統領が原子力の平和利用政策転換すると知り、『日本も負けてはならない。次は原子力時代になる』と思った」(朝日新聞4月26日)

この話にはいくつかの“嘘”あるいは“疑問符”“注釈つき”でなければ通用しない項目がいっぱいある。この後、反論するが、「石炭も貧弱」は真っ赤な嘘。戦後復興は石炭大増産の黒ダイヤブームに乗って進んだのである。確かに「石油はない」だったが、中曽根が原発導入を図った時代は、石炭から石油へのエネルギー革命で「石油の世紀」が世界的に動き出した時代だ。原子力を発電エネルギー用に確保しなければならぬ緊急性はなかった。

だから中曽根の「科学技術の推進と二本立てでいけると考えた」という言葉の中の、〈科学技術の推進〉のところを「先進的な核技術、核産業の保持」(吉岡斉)と言い換えれば、中曽根の話は極めてスッキリ、明快で正直な話になるのではあるまいか。すなわち中曽根の意図はエネルギー対策は表向き、ホンネは「原子力は国家なり」の時代の先駆けを目指していたのである……と。

ごちゃごちゃと話をしきりにブリコラージュ(寄せ集め)しているが、結局、中沢新一の原発論に何が言いたいのかって? それはまた次回で。
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  1. 2011/10/06(木) 01:15:56|
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