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仮説の冒険 吉田 司

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原発が一神教的技術って、ほんと? その1

中沢の思索が最も問題になる……というより、わたしを挑発的にさせる部分とは、人間の歴史や産業の形態は、エネルギー革命によって大きく変わってきており、原子力は第七次エネルギー革命にあたるという、A・ヴァラニャック説に、中沢が依拠して、次のように(⑦⑧⑨)述べている箇所だ。

まず、少し長文だが、そのA・ヴァラニャックの『エネルギー征服』史の要約に目を通し理解しておいてくれ。

第一次革命:火の獲得と利用。火を発火させ安全に保存する技術が開発されることによって、「炉」を中心とする「家」というものができた。
第二次革命:農業と牧畜が発達して、いわゆる新石器の時代がはじまる。農業は余剰生産物を生み出して、交換経済が発達するようになる。初期の都市が形成される。
第三次革命:家の「炉」から冶金の「炉」が発達して、金属がつくられるようになる。火の工業的利用が発達するようになり、同時に家畜や風や水力がエネルギー源として利用される。金属の武器の発達は国家を生み出す。
第四次革命:火薬が発明される。これは一四世紀から一六世紀のことである。化学反応の速度を高めて、燃える火から爆発する火への移行が起こる。インカ帝国の滅亡はこれに起因する。
第五次革命:石炭を利用して蒸気機関を動かす技術が確立される。これをきっかけとして、産業革命がおこる。
第六次革命:電機と石油。一九世紀の西欧では、電気が新しいエネルギーとして発達をはじめる。原子を構成する電子の運動から、エネルギーを取り出す技術である。電子の運動は電磁波をつくりだし、ここから電波通信の技術が発達するようになる。アメリカでは石油が新しいエネルギーとして注目され、実用化される。自動車産業の発達。「フォード主義」は現代的な資本主義生産のモデルとなる。
第七次革命:原子力とコンピューターの開発。いずれも第二次世界大戦の刺激によって発達した技術である。コンピューターは電子の量子力学的ふるまいを情報処理に利用した技術だが、この技術がなければ原子力のコントロールはほとんど不可能に近い。
(A・ヴァラニャック『エネルギーの征服』持蔵不三也訳、新泉社より要約)

このエネルギー革命史を下敷きにして、中沢はこう解説する。

「大きい分水嶺が、1942年12月のシカゴ大学で実現した原子炉によってもたらされた。それまでの石炭・石油による第5次、6次のエネルギー革命では化石からのエネルギー取出しが行われてきた。(化石は)もともと地球生態圏の中に生きていた生き物の体の変成したものですね。……中略……
しかし第7次エネルギー革命というのは、決定的に今までのものとは構造が異なっていて、生態圏の完全に外にあるエネルギー源を取り出そうとした。原子核の中に操作を加えるということですね。……その第7次エネルギー革命が起こると同時に火力や水力による発電も発展していきますけれども、それをとおして大量消費時代がはじまったわけです」

そして中沢はこう飛躍する。

「第七次エネルギー革命のいちばんの問題点は、これが大量生産と大量消費による経済成長をもとめる産業界と結びついて、ひとつの盲目的なイデオロギーを形成してきたということなんですね。
それは単一化をすすめるモノイデオロギーを形成しますが、それはモノテイズム(一神教)の思考法の変形版で、単一原理を蔓延させていこうとしています。日本はもともとはモノテイズム的な発想は苦手で、いろんなものを寄せ集めてね、神様も仏様も習合しちゃえっていう、この考え方でずっとやってきた民族です。そういう人たちは、ブリコラージュは得意ですけれども、モノテイズムは今までにノウハウを蓄積してこなかった。
しかし産業イデオロギーの巨大な渦の中に日本人は巻き込まれ、原発の開発をやみくもに推進してきました。原発の意味も自由経済の意味も棚上げにして、走ってきた。そして、福島の事故までたどりついてしまいました」

結局、中沢がたどりついたのは、こういう結論である。

⑨「そうなんです。原子力は一神教的技術なんです」(『大津波と原発』)
「日本人は本性がアニミズム。……まったく別種の一神教の神様(*原発のこと)を神仏習合の考え方で、ごくナチュラルに『安全です』『クリーンです』と言って包容しちゃったっていうところが、問題ですね」(同前)
「まさに神学問題です、これは」(同前)

つまり中沢は、原発の本質は一神教的技術だから、多神教的精神風土(神仏習合)にある日本には異質で、似合わない。わたしなりに敷衍すれば、だからその〈荒ぶる神〉をきちんと制御できる神官・僧侶階級(エンジニア)が不在のため、福島原発事故の放射能汚染を引き起こしてしまったと言うのである。

う~ん、それホントかね??? そこでその“神学者”の中沢にクエスチョンだ――ここで語られる〈原子力エネルギー〉とは、原子力爆弾のことか? 原子力発電のことか? A・ヴァラニャックのエネルギー革命図式を見る限り、それは産業エネルギーの変革史的な視点の記述が多いようだが、そもそも〈原子力〉は産業革命的なエネルギーとして20世紀世界に登場してきたわけではない。

ナチスドイツの原爆開発を阻止し、ソ連の強盛大国化を阻止し、アメリカの世界覇権を確立させるための革命的「大量破壊兵器」(核分裂エネルギー)として生まれてきたことは、誰もが知っている。発電用原子力などというものは最初の「マンハッタン計画」(原爆開発)の考え方の中には存在しなかった。それは、原爆製造技術からのスピンアウトであり、あくまで副次的な派生技術のひとつと言っていい。

だから⑦のように「1942年12月のシカゴ大学の原子炉」にもってゆくのはあまりに短絡的な思考回路だ。シカゴはマンハッタン計画のスタートであり、原発(平和利用)のスタートではない。歌田明弘の『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』によれば、シカゴ大学の研究所で、核分裂の連鎖反応に成功したと同時に、炉心溶解(メルトダウン)の危険も認識されていたというのだ。マンハッタン計画の責任者だったブッシュは、「『本格的な実験がなされる場合には、それは人里離れたところでおこなわなければなりません。爆弾は、その地域を長期にわたって大きな危険にさらすことになり、その危険は実験後も増し続けるからです』/ブッシュは放射能の危険を早くから認識していたようだ」(『科学大国アメリカは原爆投下によって生まれた』)

メルトダウンってのは、シカゴ原子炉のスタート地点からつきものだったのだ。1970年代の日本における「核発電」(原発)の多くが、福島や新潟の農漁村地帯や海辺に置かれたのは、田中角栄の「過疎対策」からだけではなかった。それは大都会からはるか遠く「人里離れたところ」に置くというシカゴ原子炉からの教え=啓示だったのである。日本はその啓示をよく守り、「福島第一原子力発電所にずらり並んだ原子炉でできた電機はみな、東京に送られています」(前岩手県知事・増田寛也)という格差構造を作ったのである。フクシマがメルトダウンしたって東京が生き残るという“悪魔の計算”が初めから成り立っていたわけで、アメリカの〈一神教技術〉を「ごくナチュラルに『安全です』『クリーンです』と言って包容しちゃった」というほど牧歌的な権力機構では決してないのだ、日本の原子力ムラは。        (このお話は次回につづく)
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  1. 2011/09/23(金) 01:01:23|
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